親族内承継の方法のうち相続の手法で後継者に資産を引き継ぐ場合や、他の承継の方法で経営者が亡くなって相続が発生した場合、どのようなことが問題となるのでしょうか。

相続による事業の引き継ぎ

事業承継では、経営者から①経営権、②事業のための資産、③知的資産を後継者に引き継ぎます。親族内承継では、経営者の親族である後継者が事業を引き継ぎますが、後継者が経営者の推定相続人である場合は、相続により②事業のための資産を引き継ぐことが考えられます。

事業承継と相続は何が違うのか

事業承継は、経営者の死後だけでなく生前に行うこともできます。これに対して、相続とは、亡くなった方のもつ財産を相続人が引き継ぐことをいい、経営者の死後に発生します。

事業承継は、経営者が亡くなった後に行われることもありますが、経営者の相続人が後継者となって相続の方法で事業承継を行う場合は、「後継者への事業承継」と「相続人である後継者への相続」が重なることから、事業承継において資産を引き継ぐ方法の一つとして相続が利用されます。ただし、後継者の他にも相続人がいるときは、「相続人である後継者への相続」だけでなく「他の相続人への相続」も存在することになります。そのため、「他の相続人への相続」にも配慮しながら「後継者への事業承継」を行わないと、後に相続人間でトラブルとなったり、他の相続人が経営に関与できる状態が残されて、承継後の経営が不安定なったりするおそれがあります。

これに対して、役員や従業員など経営者の相続人ではない者が後継者となって事業承継を行う場合は、「後継者への事業承継」と「相続人への相続」が直接は重なりません。ただし、経営者が事業承継後も株式を保有したままにしておき、「相続人への相続」により経営者から相続人に会社の株式が引き継がれると、相続人が会社の経営に関与できる状態が残されます。そのため、この場合も「相続人への相続」に備えておくことが大切になります。

相続に備えていないとどのような問題が起こるか

経営者が、遺言書を残すなど、相続への備えをしていないとどうなるのでしょうか。経営者が亡くなると、遺言書がない場合は、相続人や相続財産を確定したうえで、相続人で遺産分割協議を行い、相続財産を分配します。株式、不動産、現金といった事業のための資産や負債は、遺産分割協議を経て、原則として法定相続分に従って相続人間で分割されることになります。経営者に後継者以外に相続人がいないような場合は、この方法で相続が行われても特に問題は生じません。しかし、後継者以外にも相続人がいる場合は、いつまでも遺産分割協議がまとまらず事業を円滑に承継できないおそれがあります。また、事業のための資産が相続人間で分割されてしまい事業の継続に支障をきたしたり、後継者以外の相続人が株式を相続して承継後の経営に関与したりするおそれもあります。後継者に資産を相続させるときには、後継者に相続税がかかることにも注意が必要です。事業のための資産は高額になるうえ、特に非上場の中小企業では会社の株式価値が高くなりやすいため、後継者の相続税の負担が大きくなるおそれがあります。

どのように相続に備えるか

経営者は、事業承継の方法として相続を考えている場合、事業の継続に問題が生じないようにしたり、後継者の相続税が軽減されたりするように準備しておくことが大切です。そのために、遺言書を作成する、株式の分散を防止する、株式価値を抑える、生前贈与など相続以外の方法をとることが考えられます。また、事業承継税制の適用も検討すべきでしょう。

※事業承継税制の特例措置の適用を受けるには、2024年(令和6年)3月31日までに特例承継計画を提出し、相続・贈与が2027年(令和9年)12月31日までに行われることが必要です。

遺言書を作成する

経営者は、生前に遺言書を作成しておくことで、事業のための資産をもっぱら後継者に相続させたり、株式が複数の相続人に分散することを防いだりすることができます。遺言書(普通方式)には、自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言があります。遺言書の誤りや紛失を避けるため自筆証書遺言よりも公正証書遺言を作成することが望ましいでしょう。自筆証書遺言を利用する場合は、法務局における保管制度を利用することを検討すべきでしょう。

経営者は、遺言書を作成することで、ある程度自由に後継者に資産を引き継がせることができます。しかし、経営者の兄弟姉妹を除く相続人には、相続財産に対する最低限の取り分を保障する遺留分があります。後継者に資産を相続させたことで、他の相続人の遺留分を侵害する結果となる場合は、他の相続人は後継者に対して遺留分侵害額請求をして侵害分に相当する金銭の支払いを求めることができます。そのため、遺言書を作成する場合は、他の相続人の遺留分を侵害しないか注意する必要があります。また、遺留分の侵害が避けられないときは、遺言書に付言事項を残して相続人に対して遺留分侵害額請求をしないように求める、遺言書の作成と併せて相続人に遺留分を放棄してもらう、遺留分侵害額請求に対して後継者が金銭を支払えるように生前贈与を行ったり、後継者を保険金の受取人とした生命保険に加入したりするといった対策をしておく必要があります。

株式の分散を防止する

会社の株式がすでに分散している場合は、後継者に株式がまとめて引き継げるように株式を集約しておく必要があります。株式を集約する方法としては、株主と個別に交渉して買い取る、全部取得条項付種類株式・株式併合・特別支配株主の株式売渡請求といった会社法上の手続きを利用して株式を強制的に買い取る、株主の所在が不明であれば経営承継円滑化法を活用して株式を買い取るといった対策が考えられます。相続により株式が分散するおそれがある場合は、遺言書を作成してできる限り後継者に株式が引き継がれるようにする、議決権制限株式を活用して他の相続人が株式を相続しても議決権を行使できないようにするといった対策が考えられます。

株式価値を抑える

株式価値が高額な場合は、株式の評価額を低下させるとともに、後継者に引き継がれる株式の数を少なくする必要があります。株式の評価額を低下させるには、会社の業績が悪化して利益が減少したときや経営者の退任の際に退職金を支給して会社の利益が減少したときに、後継者に株式を生前贈与しておくといった方法が考えられます。引き継がれる株式の数を少なくするには、議決権制限株式持株会を活用して議決権に関わらない株式を作っておくといった対策が考えられます。

相続以外の方法も検討する

後継者に資産を引き継ぐ方法として、生前贈与など相続以外の方法も検討しておくことが大切です。生前贈与であれば、毎年110万円まで贈与税が控除される非課税枠(暦年贈与)、2500万円まで贈与税が控除されて相続時に相続税として納付する相続時精算課税制度などを利用できます。

まとめ

親族内承継では、相続は資産を引き継ぐためによく用いられる方法です。また、それ以外の事業承継でも経営者の親族への相続は問題となります。そのため、経営者は事業承継に備えて相続の対策をしておくことが大切です。相続対策を検討する際は、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、事業承継で相続が関わる問題と対策の検討、遺言書を作成するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。