経営者が亡くなり相続が発生すると、事業承継によって多額の資産を後継者に引き継ぐことで遺留分の侵害が問題となる場合があります。

遺留分とは

経営者が亡くなられた場合、後継者以外にも相続人がいる場合があります。亡くなられた方の兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子、親など)には、相続分に一定の割合をかけた額が権利(遺留分)として認められています。遺留分は、相続人の生活を保障し、相続人間の平等を確保することを目的とした権利であり、ある相続人がもらう財産が多くなった結果として他の相続人がもらう財産が遺留分よりも少なくなった場合(遺留分の侵害)、遺留分を侵害された相続人は、多く財産をもらった相続人に対して、遺留分に足りない額(遺留分侵害額)に相当する金銭を支払うよう請求できます(遺留分侵害額請求)。

遺留分でどのような問題が起こるか

経営者に複数の相続人がいる場合、事業承継において事業のための資産を後継者一人に相続させようとすると、他の相続人の遺留分を侵害してしまうおそれがあります。特に非上場の中小企業では、株式の評価額が高くなる傾向があるため、相続財産において株式の割合が大きくなりがちです。そのため、後継者一人に株式を引き継がせようとすると、相続財産の大部分を後継者に相続させることになり遺留分を侵害してしまいます。

では、遺留分を侵害した場合に具体的にどのような問題が生じるのでしょうか。遺留分を侵害された他の相続人は、後継者に対して遺留分侵害額請求をすることが考えられます。これに対して、後継者は侵害額に相当する金銭を支払う必要があります。後継者に十分な資金があればよいのですが、相続した財産の種類によっては換金しにくい場合もあり、金銭の支払いに難儀する可能性があります。また相続した金銭から支払うとすると、事業用の資産が減ることや、納税資金が足りなくなることが考えられます。その結果として、後継者は事業を引き継いだものの、事業用の資金不足から事業の継続が難しくなる、あるいは納税資金を確保するために株式を売却して事業を手放すことになりかねません。

遺留分の問題にどのように対策するか

事業承継で遺留分の問題が予想される場合、経営者はどのような対策をとればよいでしょうか。

遺留分侵害を生じさせない

相続の際に遺留分侵害が生じなければ、遺留分侵害額請求されることもありません。そのため、遺言により遺留分を侵害しないような相続分を定めておくことが考えられます。

種類株式を活用する

相続財産の大部分が株式である場合、遺留分を侵害しないようにすると、株式を複数の相続人で分割して相続させることになってしまいます。そうなると株式を相続した相続人が経営に関与して、承継後の経営が不安定になるおそれあります。このような場合は、種類株式を活用することが考えられます。種類株式のうち、議決権制限株式は株主総会における議決権の行使を制限したものです。このような株式が後継者以外の相続人に渡るようにしておくことで、遺留分の侵害は回避しつつ、経営を不安定にするような議決権の行使ができないようにしておくことができます。

遺留分侵害額請求を回避する

やむをえずに遺留分を侵害するような相続分を定める場合は、他の相続人から遺留分侵害額請求がされるおそれがあります。しかし、他の相続人に対して遺留分侵害額請求を行わないように求めることで、侵害請求を回避できる可能性があります。

遺留分を放棄させる

相続人があらかじめ遺留分を放棄すると、遺留分侵害額請求されるおそれがなくなります。遺留分の放棄は相続人が本人の意思で行う必要があり、家庭裁判所の許可も必要となりますが、侵害請求を回避する方法として検討すべきでしょう。ただし、遺留分の放棄は、相続分の放棄ではないため、遺留分を放棄した相続人も相続分を主張できる状態は残ります。そこで、遺言書を作成して相続分を定めておくことが必要となります。また、後継者との関係が悪化したり、結局後継者が事業を引き継がなかったりするなど事情が変わったときは、裁判所に申立てすることによって遺留分の放棄の撤回や取消しが認められる可能性があることにも注意が必要です。

遺言書を作成する

後継者に事業のための資産が引き継がれるようにするには、遺言書を作成しておくことが大切です。このとき、事業のための資産の割り当てが他の相続人の遺留分を侵害しないよう、他の財産を後継者以外の相続人に割り当てるなどの調整が必要になります。遺言書を作成するにあたり、付言事項を追加して遺留分侵害額請求をしないように後継者以外の相続人に求めることも検討すべきでしょう。付言事項に法的拘束力はありませんが、相続人に対して経営者の事業に対する思いや、なぜそのような財産の分け方をしたのかという理由を伝えることができ、遺言書の内容に相続人が納得しやすくなります。遺言書に付言事項を残す以外に手紙や音声、動画を残しておくという方法も考えられます。このように経営者の意思を残しておく場合は、後のトラブルの原因とならないように、どのような内容を残すのが適切か専門家のチェックを受けることが大切です。

遺留分侵害額請求の支払いに備える

遺留分侵害額請求を避けられない可能性がある場合は、後継者が金銭の支払いに備えられるようにしておく必要があります。それには、遺留分侵害額を減らす方法と後継者に金銭を取得させる方法が考えられます。

生前贈与を行う

経営者は後継者に財産を生前贈与することが考えられます。この場合、年110万円を超える生前贈与には贈与税がかかること、相続が開始する前の一定期間内の生前贈与は特別受益として遺留分で考慮される可能性があることに注意が必要です。後継者が相続人の場合は、相続が開始する前の10年間に行われた生前贈与は、遺留分で考慮されます。そのため、後継者への生前贈与を考えている場合は、早い時期から計画的に財産を移していくことが大切です。

生命保険を活用する

経営者は生命保険に加入し、保険金の受取人を後継者にしておくことが考えられます。生命保険の保険金は、相続財産には含まれないため、受取人である後継者の固有の財産となります。経営者が保険料を支払っていた場合、保険金には相続税がかかりますが、預貯金が減ることで相続財産自体を減らす効果がありますし、後継者は遺留分侵害額請求に対して受け取った保険金を支払いにあてることができます。

養子縁組を活用する

後継者が子供の配偶者である場合は、後継者と養子縁組することが考えられます。養子縁組が行われると、相続人の数が増えるため相続人一人あたりの相続分が減ります。それにより遺留分侵害額を減らすことができます。

経営承継円滑化法を活用する

経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)は、遺留分に関する民法の特例を定めています。この特例によると、後継者を含めた推定相続人全員が合意して、後継者が経営者から贈与により取得した株式等、事業用資産、それ以外の財産の全部または一部について、①遺留分を算定するための財産の価額から除外する(除外合意)、②遺留分を算定するための価額を合意時の時価に固定する(固定合意)ことができます。特例の適用を受けるには、以下の要件を充たしたうえで、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受ける必要があります。

遺留分に関する民法の特例の要件

会社の事業承継の場合

  • 中小企業者であること
  • 合意の時点で3年以上継続して事業を行っている非上場企業であること
  • 先代の経営者が過去または合意の時点で会社の代表者であること
  • 後継者が合意の時点で会社の代表者であること
  • 後継者が先代の経営者からの贈与等により株式を取得したことで、会社の議決権の過半数を保有していること

個人事業の事業承継の場合

  • 先代の経営者が個人事業主であること
  • 合意の時点で3年以上継続して事業を行っていること
  • 先代の経営者が後継者に事業用資産の全てを贈与したこと
  • 後継者が中小企業者であること
  • 後継者が合意の時点で個人事業主であること
  • 後継者が先代の経営者からの贈与等により事業用資産を取得したこと

まとめ

遺留分問題の対策には様々なものがありますが、それぞれメリット、デメリットがありますし、手続きが必要な対策もあります。対策を考える場合は、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、対策を検討したり遺言書を作成するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。