事業承継で贈与の手法で後継者に資産を引き継ぐ場合、どのようなことが問題となるのでしょうか。

贈与による事業の引き継ぎ

事業承継では、経営者から経営権、事業のための資産、知的資産を後継者に引き継ぎます。このうち、経営者が②事業のための資産を引き継ぐ方法として贈与(生前贈与)が考えられます。親族内承継では、後継者が経営者の推定相続人である場合は相続の方法を選べますが、相続税を抑えるために相続と併せて贈与を活用することが考えられます。ただし、一般的には相続税よりも贈与税の方が税率が高くなるため、どのようにして贈与税を抑えるかが問題となります。

どのような資産が贈与に適しているか

現金

現金は贈与に適した財産です。後で説明するように贈与には毎年110万円まで贈与税が非課税となる制度があります。現金は小分けにして贈与できるため、そのような制度を利用しやすいですし、不動産などのように換金する手間や費用もかからないため贈与に適した財産といえます。

株式

株式は贈与に適した財産です。株式は小分けにして贈与できるうえ、価格の変動があるため、株価が下がったタイミングで贈与することで贈与税を抑えることが可能です。また、後継者は贈与を受けた株式の剰余金配当を受けられます。剰余金配当は、何年も積み重なることで大きな金額となるため、株式の贈与により株式の価値以上の財産を後継者に取得させることができます。株式を相続した場合は相続という固定のタイミングで相続税が発生するため、株価が上がっていると相続税も高額になること、経営者が取得した配当金の相続には相続税がかかることから、贈与税よりも相続税の方が高くなる可能性があります。そのため、株式は贈与に適した財産といえます。ただし、特に非上場の中小企業の場合は、株式は換金が難しい財産となるため、後継者に株式を贈与する際は、納税資金の確保などのために現金を贈与することも考えておく必要があります。

不動産

土地や建物といった不動産は贈与に適さない財産です。不動産はそれぞれの価値が大きいことから、贈与税が高額になりやすいです。また、不動産は小分けにして贈与しづらいため、贈与税を抑えるための制度を利用することも難しいです。不動産の共有持分を複数人に贈与する方法も考えられますが、複数人の共有状態となった不動産は処分に手間がかかりますし、共有者間でトラブルとなるおそれもあります。不動産価格が上昇している場合は、後継者が値上がり分の利益を受けられるため、相続するよりも有利になる場合はありますが、相続のタイミングで不動産価格が下落していた場合は、相続税よりも贈与税の方が高くなるおそれがあります。そのため、不動産を引き継ぐときは相続を利用することを検討すべきでしょう。

株式を贈与する方法

株式を後継者に贈与する場合は、以下のような方法で行います。

上場株式

上場株式を贈与する場合は、株式を管理している証券会社の贈与手続に従って贈与を行い、一般的には経営者と後継者との間で株式贈与契約書を作成して証券会社に提出します。証券会社によっては、他の証券会社に開設された他者の取引口座(異名義口座)への株式の移管を認めていない場合があります。そのため、株式を管理している証券会社に後継者名義の取引口座を開設しておくことで円滑に贈与を行うことができます。

非上場株式

非上場株式を贈与する場合は、経営者と後継者との間で株式贈与契約書を作成します。

譲渡制限のある株式の場合

非上場の中小企業では、株式に譲渡制限をつけている場合が多くあります。譲渡制限のある株式を贈与する場合は、会社から株式譲渡の承認を受ける必要があります。取締役会がある会社では取締役会決議、取締役会がない会社では株主総会決議が必要です。その後、株主名簿の書き換えを行うことで贈与が完了します。

贈与ではどのような問題が起こるか

経営者が後継者に事業のための資産を贈与する場合、経営者に後継者の他にも相続人がいると、相続の際に特別受益遺留分が問題となる可能性があります。事業譲渡では後継者に多額の資産を引き継がせることになるため、このような問題が起こりやすくなります。このような問題をそのままにしておくと、他の相続人が株式を引き継いで会社の経営に介入できる可能性が残り、承継後の経営が不安定となるおそれがあります。また、後継者が十分な現金を相続できないことで、事業用の資金や相続税の納税資金の確保に苦労し、事業の継続をあきらめたり株式を売却して会社を手放すことになったりするおそれがあります。特に非上場の中小企業の場合は、株式の価格が高額になりやすく、経営者の相続財産の大部分が株式で占められることもあるため、特別受益や遺留分の問題にしっかりと対策をとることが重要となります。

特別受益の対策

特別受益とは、相続人が亡くなった方から贈与(生前贈与、死因贈与)や遺贈によって受けた特別の利益のことをいいます。特別受益があると、相続の際にいったん相続財産と合算したうえで各相続人の相続分が決められます(特別受益の持ち戻し)。そのため、経営者から後継者に贈与された資産が特別受益に当たるとされると、他の相続人が相続分をもつ財産の額が大きくなります。

特別受益の対策としては、遺言書などで持ち戻し免除の意思表示をしておくことが考えられます。持ち戻し免除の意思表示をしておくと、贈与された資産を特別受益に含めずに相続分を決めることになります。ただし、持ち戻し免除の意思があっても、遺留分の算定には贈与された資産が含まれるため遺留分侵害が問題となる可能性があること、明確な意思表示をしておかないと持ち戻し免除の意思があったと認められない可能性があることに注意が必要です。

遺留分の対策

遺留分とは、亡くなった方の兄弟姉妹以外の相続人(配偶者、子、親など)が、相続分の一部について保障される取り分のことをいいます。ある相続人が財産を多くもらうことで他の相続人がもらう財産が遺留分に足りなくなった場合(遺留分の侵害)、他の相続人は多く財産をもらう相続人に対して、遺留分侵害額請求をして遺留分に足りない額に相当する金銭を支払わせることができます。なお、遺留分の算定では、相続人に対する相続開始前10年以内の贈与、相続人以外に対する相続開始前1年以内の贈与が含まれます。そのため、経営者から後継者に資産を贈与した結果、他の相続人の遺留分を侵害すると、後継者は他の相続人の遺留分侵害額請求に対して金銭を支払う必要性があります。

遺留分の対策としては、①遺言書で現金や不動産などの事業用以外の財産を他の相続人に相続させることで遺留分を侵害しないようにする、あるいは付言事項を残して遺留分侵害額請求をしないよう他の相続人に求める、②株式の一部を議決権制限株式にしておいて他の相続人に相続させる、③他の相続人に遺留分の放棄を求める、④相続開始前10年以内の贈与に含まれないように早い時期から贈与しておく、⑤生命保険の保険金受取人を後継者にしておき、遺留分侵害額請求に対して支払う金銭を確保させる、⑥経営承継円滑化法の特例の適用を受けて、推定相続人全員の合意で事業のための資産を遺留分の算定から除外する、あるいは算定の際の価額を固定することが考えられます。

どのように贈与税を抑えるか

暦年贈与

暦年贈与とは、毎年110万円までの贈与について贈与税の基礎控除に含まれ、贈与税の負担を減らすことができる制度です。暦年贈与は、一度に非課税となる額は限られていますが、時間をかけて繰り返すことで多くの財産を贈与できるため、計画的に贈与を行うことが大切です。また、暦年贈与は贈与を受けた人(受贈者)ごとに判断されるため、多くの人に暦年贈与を行うことで効果的に贈与税の負担を減らすことができます。ただし、相続開始前3年以内に行った贈与は、相続財産に加算されて相続税がかかるため(生前贈与加算持ち戻し)、暦年贈与を行う場合は早めに取り組むことが大切です。

暦年贈与は、贈与による預金口座への入金が形式的なもの(名義預金)とみなされると相続税の対象となり、数年分の贈与が分割された一連の贈与(連年贈与)とみなされると贈与税の対象となるおそれがあります。そこで暦年贈与を行う場合は、①名義預金と疑われないように、贈与先の預金口座を受贈者に管理させて自由に引き出せる状態にすること、②連年贈与とみなされないように、毎年同じ時期に贈与を行ったり、数年分の贈与を一括して契約書を作ったりせず、毎年異なった時期に贈与を行い、個別の契約書を作ることが必要です。また、暦年贈与は1年間に受贈者が受けたすべての贈与の合計が110万円を超えないようにする必要があります。そのため、受贈者との間で贈与の額を調整しておくことが大切です。

※2023年(令和5年)の相続税法及び租税特別措置法の改正により、 生前贈与加算の対象となる贈与は、相続開始前3年から7年に変更されました。改正後の規定は2024年(令和6年)1月1日以後の贈与に適用されます。

相続時精算課税制度

相続時精算課税制度とは、親子間もしくは祖父母から孫への贈与について贈与税の負担を減らすことができる制度です。相続時精算課税制度は、親子間もしくは祖父母から孫への贈与に利用でき、贈与により取得した財産価額の累計が2500万円になるまで贈与税が課税されません2500万円を超える贈与については20%の贈与税が課税されますが、相続時にかかる相続税と相殺することができます。贈与をした親または子が亡くなり相続が発生すると、贈与により取得した財産について、その価額が相続財産に加算され相続税額が計算されます。この相続税額が20%の贈与税が課税された額を超える場合は、超える部分の相続税を支払う必要があり、下回る場合は相続税額を超える部分の還付を受けられます。

相続時精算課税制度は、毎年110万円までの暦年贈与では難しい多額の贈与をすることができる、相続時に価格が上昇する可能性が高い不動産を贈与したり、賃貸不動産のように保有することで収益を生み続ける財産を早めに贈与したりしやすい、相続財産が基礎控除の範囲内にとどまる場合は、制度を利用して贈与することで相続税がほとんどかからない可能性がある、相続税率が高い場合は、多額の贈与をして贈与税を支払ったとしても、相続財産が少なくなり相続税率が下がるため、相続税と贈与税の合計でみて納税額を抑えられる可能性があるといったメリットがあります。その一方で相続時精算課税制度には、制度を利用すると途中でやめることはできず、贈与をしたすべての財産が相続時精算課税の対象となるため、毎年110万円までの暦年贈与を利用することができなくなる、土地を贈与する際に小規模宅地等の特例の適用を受けられなくなる相続時に財産の価格が下落していても贈与時の価格で贈与税が算定される、相続時精算課税制度を利用しても特別受益の持ち戻しの対象となり、遺留分を侵害する可能性があるといったデメリットがあります。そのため、相続時精算課税制度を利用する際は慎重な判断が求められます。

※2023年(令和5年)の相続税法及び租税特別措置法の改正により、相続時精算課税制度に毎年110万円の基礎控除が設けられ、基礎控除の範囲の贈与は生前贈与加算の対象とならないように変更されました。改正後の規定は2024年(令和6年)1月1日以後の贈与に適用されます。

相続税・贈与税と超過累進税率

相続税や贈与税では、超過累進税率が採用されており、相続した財産や贈与された財産の価額が一定のボーダーを超えるごとに税率と控除額が大きく上昇します。そのため、相続財産の価額が減少してボーダーを下回るような贈与をすると、相続税の税率を大きく下げられる可能性があります。一般的には贈与税は相続税よりも税率が大きいため高額ですが、相続税が贈与前よりも低い税率で算定されることで、高額な贈与税を支払ったとしても、相続税と贈与税の合計では納税額を抑えられる可能性があります。

事業承継税制

事業承継税制とは、中小企業の事業承継を円滑に行えるようにするために経営承継円滑化法で定められた制度の一つで、後継者が、都道府県知事の認定を受けた非上場中小企業の株式等を先代の経営者から相続または贈与により取得した場合に、5年間の事業継続等を要件として相続税・贈与税の納税が猶予され、また、一定期間にわたり要件を充たすことで猶予された相続税・贈与税が免除される制度です。

※事業承継税制の特例措置の適用を受けるには、2024年(令和6年)3月31日までに特例承継計画を提出し、相続・贈与が2027年(令和9年)12月31日までに行われることが必要です。

まとめ

親族内承継では、贈与は相続税の負担を減らす手法としてよく用いられます。しかし、事業承継で引き継ぐ資産には贈与に適さないものもありますし、相続との関係で対策が必要となることもあります。また、贈与の方法や時期によっては税負担がかえって大きくなってしまう場合もあります。そのため、後継者に贈与をする場合は、早い時期から計画的に取り組むとともに、どのような対策を取るべきか専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、相続や贈与による資産の引き継ぎを検討したり遺言書を作成するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。