株式が複数の人に分散している会社や経営者に複数の相続人がいる会社では、事業承継において経営権を掌握するために必要なだけの株式を後継者が承継できず、経営が不安定となる問題があります。
株式はなぜ分散するのか
中小企業では会社の株式が複数の人に分散していることは多くあります。平成2年に商法が改正されるまでは、会社を設立する時に7人の発起人が必要でした。中小企業では、設立時に発起人となる人が見つからないことも多く、知人などに名前を借りて発起人となってもらい会社の株式を引き受けてもらうことがあります(名義株)。それによって会社を設立した時から株式が分散している場合がありますし、名前を貸した人が亡くなると引き受けてもらった株式が相続によってさらに分散してしまいます。名義株の株主は、名前を貸しているだけということもあり、経営に関わったり頻繁に連絡をとったりしない方も多く、株主が転居して所在が分からなくなり、そのまま連絡がつかなくなる事態が発生します。名義株の他にも、複数人で会社を共同経営しているため株式が分散していることや、親族や従業員に株式を渡していった結果として株式が分散してしまうことがあります。
株式が分散しているとどのような問題があるか
株式とは株式会社の所有者の地位を指します。会社では株主が株式をどの程度の割合保有しているかによって、会社の経営を左右できるかどうかが決まります。
株式の保有割合とできること
会社の株式のうち議決権のある株式の過半数を保有していると、株主は株主総会の普通決議を単独で議決できる地位(経営権)をもちます。株主が経営権をもっていると、普通決議で次のようなことを決定できます。
- 取締役の選任・解任、監査役の選任
- 役員報酬の変更
- 剰余金の配当
- 全ての株主からの自己株式の取得
会社の株式のうち議決権のある株式の3分の2以上を保有していると、株主は株主総会の特別決議を単独で議決できる地位(支配権)をもちます。株主が支配権をもっていると、特別決議で次のようなことを決定できます。
- 定款変更
- 資本金の額の減少
- 特定の株主からの自己株式の取得
- 合併や会社分割などの組織変更
会社の株式のうち議決権のある株式の3分の1超を保有していると、株主は株主総会の特別決議を単独で否決できる地位(拒否権)をもちます。
株式の分散によって生じる問題
このように株式の保有割合は会社の経営を左右するため、後継者がどの程度の割合で株式を引き継げるかにより、事業承継後の経営が安定するか否かが決まります。後継者が支配権をもっていると、後継者が経営上の重大な決定を単独で決めることができるため、経営は安定しやすい傾向にあります。それに対して、親族や役員など後継者と対立する可能性のある株主が拒否権をもっていると、後継者は自由に決定ができなくなるため、経営は不安定になりやすい傾向にあります。そのため、株式が分散している場合に事業承継後の経営を安定させるためには、できるだけ株式を集約して後継者に引き継ぐことで、後継者が会社の経営権や支配権を握れるようにすることが大切です。また、事業譲渡を第三者承継のM&Aの方法で行う場合は、買い手となる会社としては売り手の会社の経営権や支配権がないと承継後の経営を自由に行えないため、株式が分散した状態では買い手が見つからないおそれがあります。この場合も、第三者承継の交渉を進めるにあたり、できるだけ株式を集約して、買い手が経営権や支配権を取得できるようにしておくことが大切です。
株式を集約するには
株式を集約するには、株主から株式を買い取る必要があります。株式の買い取りは、株主と交渉して買い取る方法の他に、会社法で定められた特別な方法を用いることもできます。株式を買い取る場合には株主の所在が判明していて連絡がつくことが必要です。株主の所在が不明な場合も会社法上の手続きで買い取ることになります。株式を集約する方法としては、次のようなものがあります。
全部取得条項付種類株式
全部取得条項付種類株式とは、株主総会の決議により会社が条項の付いた株式全部を取得できるという株式をいいます。株式(普通株式)を全部取得条項付種類株式に変更するには、株主総会の特別決議が必要です。全部取得条項付種類株式を利用する場合、いったん普通株式を種類株式に変更します。そして、種類株式を普通株式を対価に買い取りますが、このとき種類株式10株と普通株式1株のように小さい単位に交換します。こうすることで交換後に1株未満となった株式(単元未満株式)を会社が強制的に買い取ることができ、少数株主から株式を集約できます。
株式併合
株式併合とは、複数の株式を併合して1株にすることをいいます。株式を併合するには株主総会の特別決議が必要です。株式併合を利用する場合、併合の後に1株未満となった株式を会社が強制的に買い取ることができます。
特別支配株主の株式売渡請求
特別支配株主とは、総株主の議決権の90%以上を持つ株主をいいます。特別支配株主は株式の売渡を請求でき、会社が承認した場合、少数株主の株式を会社が強制的に買い取ることができます。
所在不明株主の株式売却
所在不明株主から非上場の株式を買い取る場合に、通常5年以上継続して通知が到達しない、もしくは剰余金の配当が受領されないとき、会社が株式を買い取ることができます。令和3年に改正された経営承継円滑化法では、都道府県知事の認定を受け、所定の手続きを経ることで、5年の期間を1年に短縮することができます。
株式を分散させる場合はどうするのか
株式が分散しているときは、以上のような方法で株式を集約することができます。しかし、親族や役員・従業員が配当の利益を受けられるようにするなど、経営上の都合で株式を分散させる場合もあります。そのような場合は、種類株式の議決権制限株式を活用することが考えられます。議決権制限株式は、剰余金配当請求権や残余財産分配請求権といった個人の利益に関わる権利(自益権)はあるものの、議決権の全部または一部が制限されています。このように議決権に制限のある株式を発行することで、株式を分散させたとしても株主総会決議には参加させず、経営を安定させることができます。また、役員・従業員に株式を持たせる場合は、役員・従業員持株会を作ることも検討すべきでしょう。役員・従業員持株会を作っておくことで、役員や従業員が退職した時に株式が分散することを防止でき、安定株主となることが期待できます。
まとめ
株式が分散していると事業承継の妨げとなる可能性があります。事業承継を考えている経営者は、会社の株式を誰がどれだけ持っているのか正確に把握しておくことが大切です。もし株式が分散しており、後継者が会社の支配権をもてない可能性がある場合は、株式を集約しておくことが重要です。その際には、どのような方法で株式を集約するか、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、後継者への株式の引き継ぎ方も含めて株式の集約方法を検討するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。