事業承継では後継者や経営者の親族への相続が問題となることが多くあります。そのような問題に対処するために利用できるのが遺言書です。では、事業承継では遺言書をどのように活用できるのでしょうか。遺言書の活用の仕方と、遺言書の作成や活用における注意点について解説します。

遺言書とは

遺言書とは、財産を所有する人(遺言者)が、自分の死後に財産を誰にどのように残すのかという意思を生前に示した書面のことをいいます。

遺言書がないとどうなるのか

経営者が遺言書を残さずに亡くなった場合、事業承継や相続において様々な問題生じるおそれがあります。遺言書がない場合、経営者が残した相続財産は、経営者の相続人(法定相続人)が通常は法定相続分に従って相続することになります。経営者に相続人が複数いる場合や特に親族内承継で後継者候補が複数いるような場合は、分割して相続されることで相続財産がばらばらになる可能性があり、また、高額になりやすい事業のための資産を誰が相続するかをめぐり相続人間の争いが起こる可能性もあります。

遺言書がない場合は相続財産をどのように分けるのか相続人間で決めるため遺産分割協議が行われます。遺産分割協議は一般的に半年から1年の期間がかかります。ただし、相続財産の分け方をめぐって相続人間に争いが起こると、遺産分割協議が終わるまでには数年単位の期間がかかるおそれがあります。その間、相続財産の帰属や後継者の立場は不確定な状態が続きますし、株式は相続人間の共有状態(準共有)となり後継者が経営権を掌握して自由に経営することができない状態が続きます。そのため、計画的に事業承継を進められない事態となるおそれがあります。

遺産分割協議が終わったとしても、法定相続分に従った相続の場合は、後継者に事業のための資産が集約されない可能性があり、そうなると事業資金や納税資金を確保することができなくなり、事業の継続が難しくなる、あるいは会社を手放さざるを得なくなるおそれがあります。また、事業を継続できたとしても、他の相続人が株式を相続すると、後継者が経営権や支配権をもてなかった場合、他の相続人が経営に介入してくる可能性が残ります。そうすると承継後の経営が不安定になり、経営の改善を効率的に進められないおそれがあります。

遺言書はどのように活用できるのか

経営者は遺言書を作成しておくことで、事業のための資産を含む相続財産を後継者や他の相続人にどのように引き継がせるのか決めておくことができます。これにより次のような効果を得られます。①現金、株式、不動産といった事業のための資産が複数の相続人に分散することを防止し、後継者に集約させることができます。これにより後継者が事業を継続しやすくなり、相続税の納税資金を確保する、あるいは遺留分侵害額請求対策の金銭を確保することもできます。また、議決権が分散することを防止できるため、承継後の経営が不安定になることを避けられます。②他の相続人の遺留分を侵害しないように、事業のための資産以外の財産を他の相続人に相続させることができます。これにより他の相続人が遺留分侵害額請求することを避けることができます。また、後継者に資産を集約した結果として遺留分の侵害が避けられない場合でも、遺言書に付言事項を残すことで、相続人に対して、事業の必要性を理解して遺留分侵害額請求をしないように求めることができます。③遺産分割協議を行う必要がなくなるため、相続人間の争いを防止し、遺産分割にかかる期間を短くすることができます。これにより早期に後継者が経営権を掌握して、事業承継を計画的に進められるようになります。

遺言書はどのように作成するか

遺言書には自筆証書遺言、秘密証書遺言、公正証書遺言の3つの種類があり、遺言者の意思が正しく伝えられるように法律で厳格に要件が定められています。

自筆証書遺言

自筆証書遺言とは、遺言者が自分で遺言書の全文、日付、氏名を手書きして、押印をした遺言書をいいます。なお、遺言書に添付する財産目録については、平成31年の民法の改正により、パソコンや代筆で作成できるようになりました。自筆証書遺言には、遺言者がいつでも自由に作成でき、費用がかからない、遺言の内容を遺言者以外には秘密にしておくことができるといったメリットがあります。その一方で、法律の要件を充たさない部分があると遺言全体が無効になるおそれがある、遺言書を手元で保管するため、遺言書が偽造される、紛失される、隠匿されるおそれがある、遺言者が亡くなった後に遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受ける手続きが必要になるといったデメリットがあります。

自筆証書遺言書保管制度

自筆証書遺言には、遺言者が遺言書を自分で作成して手元に保管することで生じる問題がありました。こうした問題に対応するために、令和2年から自筆証書遺言を法務局(遺言書保管所)で保管する制度(自筆証書遺言書保管制度が始まりました。この制度には、法務局の職員が遺言書の形式的な要件に限り確認することで遺言書が無効となる可能性が低下する、法務局で遺言書の原本と画像データを保管することで遺言書の偽造や紛失、隠匿のおそれがなくなる、遺言者が亡くなると遺言書が保管されていることをあらかじめ指定した人に通知してもらえ、相続人が遺言書を発見しやすくなる、遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受ける手続きが不要になるといったメリットがあります。この制度を利用することで自筆証書遺言であっても安心して利用できるようになりました。

秘密証書遺言

秘密証書遺言とは、遺言者が遺言書の全文を手書きまたはパソコンや代筆で作成、氏名を自分で手書きして、押印をしたうえで封筒に入れて封印をし、これを公証人に提出して、公証人が遺言者の遺言書であること日付を記載し、公証人と2人の証人が署名、押印した遺言書をいいます。 秘密証書遺言は、遺言者の手元で保管し、公証役場に遺言書を作成した記録が残ります。秘密証書遺言には、遺言書の全文をパソコンや代筆で作成できる、封印されるため遺言書の偽造を避けられる、遺言の内容を遺言者以外には秘密にしておくことができるといったメリットがあります。その一方で、公証役場の手続きに費用がかかる2人の証人が必要となる、法律の要件を充たさない部分があると遺言全体が無効になるおそれがある、遺言書を手元で保管するため、遺言書が紛失される、隠匿されるおそれがある、遺言者が亡くなった後に遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受ける手続きが必要になるといったデメリットがあります。

公正証書遺言

公正証書遺言とは、遺言者が遺言書の趣旨を公証人に口述し、公証人がこれを記載して遺言者と2人の証人に読み聞かせ、または閲覧させたうえで、遺言者、公証人、2人の証人が署名、押印した遺言書をいいます。 通常は、遺言者が遺言書の原案を自分でまたは専門家に依頼して作成し、それを2人の証人とともに公証役場に持ち込み手続きを行います。公正証書遺言は、遺言書の原本が公証役場に保管されます。公正証書遺言には、公証人が作成するため遺言者が法律の要件を知らなくても遺言全体が無効になるおそれが少ない、遺言者が文字をかけない場合でも遺言書を作成できる、遺言書を公証役場で保管するため、遺言書の偽造、紛失、隠匿を避けられる、遺言書を家庭裁判所に提出して検認を受ける必要がないといったメリットがあります。その一方で、公証役場の手続きに費用がかかる2人の証人が必要となるといったデメリットがあります。

遺言書の作成における注意点

経営者が事業承継に向けた遺言書を作成する場合、注意しなければいけないことがあります。有効な遺言書を作成するためには、遺言者に遺言の内容を理解でき、遺言の内容を実施した結果を理解できる能力(遺言能力)が必要となります。そのため、認知症などで経営者の判断能力が低下してしまうと、有効な遺言書を作成することができなくなります。そのようなことにならないよう、経営者はできる限り早い時期から遺言書を作成しておくことが大切です。また、経営者は遺言書を作成することである程度自由に財産を誰に与えるか決めることができますが、他の相続人の遺留分を侵害しないようにする、相続税が支払えるように株式や不動産だけでなく現金も相続させるようにすることにも注意しておく必要があります。これら以外にも遺言書に関わる問題があります。経営者は生きている間に新しい遺言書を作り直すことで、いつでも前の遺言書の内容を変更することができます。しかし、このような状態が続くことは、後継者にとっては事業承継で不確実な状況に置かれることになり不安に感じる可能性があります。経営者が新しい遺言書を作り直さない場合、経営者の保有する財産の状況が変わった場合、遺言書どおりに相続財産を分けられなくなるおそれがあります。また、遺言書は確実に執行されるとは限らないという問題もあります。

遺言書に伴う問題にどう対策するか

経営者は、自身の判断能力が低下したときに備えて、事業承継に必要となる議決権の行使や財産の管理を任せる任意後見契約をしておくことが考えられます。また、遺言書が確実に実行されるようにするためには、遺言信託をして遺言書の保管や執行を任せることが考えられます。遺留分や相続税の対策としては、生前贈与生命保険種類株式などを活用して、現金を受け取れるようにしたり、議決権の行使を制限したりすることが考えられます。経営者は、財産状況が変わった場合は、それに応じて適切に相続財産が分割されるように新しい遺言書を作り直すことも大切です。

まとめ

事業承継において、法定相続や遺産分割協議で発生する問題を防止するには、あらかじめ遺言書を作成することが有効です。ただし、遺言書は法律の要式に従って作成する必要がありますし、適切に遺言書が執行されるように備えておくことが大切です。そのためには、遺言書の作成や内容について専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、遺言書を作成するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。