事業承継において退職金(役員退職金)はどのように活用できるのでしょうか。また、役員退職金を支給する際にはどのようなことに注意する必要があるのでしょうか。

事業承継における退職金の活用

退職金には、経営者が亡くなったときに遺族に支払われる死亡退職金と経営者の生前に支払われる退職慰労金があります。経営者は退職金(退職慰労金)の支給を受けて退任することで、経営を後継者に任せるという意思が明確に表示され、後継者の経営者としての自覚を促すことになります。また、退職金は以下のような事業承継を円滑に進める目的でも活用できます。

相続税対策、遺留分対策

経営者が退職金という形で金銭を受け取ることで、後継者が相続税を支払うための納税資金の確保や(相続税対策)、後継者が遺留分侵害額請求に対して金銭を支払うための資金の確保(遺留分対策)といった事業承継に伴う資金需要に利用することができます。

税負担の軽減

退職金(退職所得)は役員報酬(給与所得)と比べると、超過累進税率や分離課税との関係で税率が低くなり、退職所得控除が適用されることで所得税の負担を減らすことができます。また、相続人が取得した退職金(死亡退職金)は「みなし相続財産」にあたり相続税が課せられますが、退職金と弔慰金のうち「500万円×法定相続人の数」の範囲で相続税が非課税となるため、相続税の負担を減らすことができます。

株式の評価額対策

会社が退職金を支給すると、法人税法上の特別損失として計上することができ、多額の現金支出によって退職金を支給した翌事業年度の株式の評価額を引き下げることができます。これにより相続財産の多くが株式である場合でも後継者に株式を相続させやすくなり、後継者以外の相続人に株式が分散することによる経営の不安定化を防止することができます。

退職金を活用する際の注意点

特別損失として計上するための注意点

経営者が退任後に会長や相談役といった肩書で経営に関与し続けている場合は、退職金が役員賞与として扱われ、特別損失として計上できないおそれがあります。経営者が会社に残る場合は、非常勤役員になるなど形式的にも実質的にも経営に関与しないようにする必要があります。また、退職金が不相当に高額であるとされた場合も、特別損失として計上できないおそれがあります。退職金として相当と認められる範囲内であることが必要です。退職金として相当と認められるためには、退職金の一般的な算定方法と比べて著しく上回らないことが必要です。退職金の一般的な算定方法としては、功績倍率法が用いられます。功績倍率法とは、「最終報酬月額×在任年数×功績倍率」という計算式で退職金を算定する方法です。功績倍率は、2から3倍に設定されることが多いですが、客観的に見て適正な倍率を設定することが必要です。

慰労退職金の場合の注意点

経営者が生前に退職金(慰労退職金)の支給を受ける場合、退任後に経営者が退職金を使いきれないと相続財産が増えるため、相続税の負担が大きくなります。そのため退職金の使途も含めて、退職金を死亡退職金と慰労退職金のどちらで支給を受けるか十分に検討する必要があります。

退職金の原資をどのように確保するか

中小企業であっても退職金は高額になることがあります。退職金が高額になると多額の資金が必要となり、会社の内部留保が十分にないと退職金の支給が会社の財務を圧迫して、事業活動に支障をきたすおそれがあります。そのため退職金の原資をどのように確保するかが問題となります。
会社の資産を積み立てる方法として、預金、有価証券、不動産への投資が考えられます。しかし、これらは効率的な方法ではなく資産が減るリスクもあります。また、金融機関から融資を受けることも考えられますが、融資を受けて退職金を支給すると、会社に借入金だけが残ることになります。そこで、検討したいのが生命保険共済を活用する方法です。

生命保険の活用

生命保険を活用する場合、保険料負担者と保険金受取人を会社、被保険者を経営者とする保険契約を締結しておきます。経営者が亡くなると、会社が保険金を受け取ることができ、これを退職金の原資とすることができます。

小規模企業共済の活用

小規模企業共済は、中小機構が運営する積立式の共済で、小規模企業の経営者や役員、個人事業主が加入でき、掛金は所得控除されます。経営者が亡くなった場合や退任した場合には共済金(解約手当金)が支払われ、これを退職金の原資とすることができます。

経営セーフティ共済の活用

経営セーフティ共済は、中小機構が運営する積立式の共済で、中小企業者が加入でき、掛金は損金または必要経費に算入できます。取引先事業者が倒産した際には、連鎖倒産や経営難を救済するために融資を受けられるという制度ですが、共済契約を解約すると共済金(解約手当金)が支払われ、これを退職金の原資とすることができます。

まとめ

退職金は、事業承継において生じる様々な問題の対策として活用できる一方、過大な退職金の支給や、退職金の原資の確保の仕方に注意する必要があります。そのため、退職金をうまく活用できるようにするには、役員報酬規定(退職金規定)や議事録を整備して退職金が適切な手続きを経て支給されるようにするとともに、様々な方法を組み合わせて退職金の原資を準備しておくことが大切です。どのような方法を利用するのが適切か検討する際には、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、退職金の活用以外にも事業承継における相続対策を検討するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。