将来の財産管理に不安がある経営者は信託を活用することが考えられます。事業承継では信託をどのように活用できるのでしょうか。信託の活用の方法や注意点について解説します。

信託とは

信託とは、自身の財債の管理・処分などを信頼できる人に任せ、財産から生じた利益を特定の人が受けることをいいます。信託をする者を委託者、財産の管理・処分などの義務を負う者を受託者、財産から生じた利益を受ける者を受益者といいます。信託を業として行う場合は認可が必要ですが(商事信託)、業としてではなく信託を引き受ける場合は認可を受けずに行うことができます(民事信託)。民事信託のうち家族が受託者となるものは家族信託と呼ばれます。

平成18年に信託法が改正されたことで、自己信託や受益者の定めのない信託などの新しい信託の類型が設けられました。また、ある程度自由に信託の仕組みを作れるようになりました。これにより、事業承継においても信託の利用機会が拡大しました。

信託の方法

信託の方法には、契約による信託(信託契約)、遺言による信託(遺言信託)、公正証書等の方法による信託がありますが、相続に関わる場合でも遺言信託ではなく信託契約によることが一般的です(遺言代用信託)。信託をする際は、信託契約書を作成することが大切です。信託の内容によっては、長期間にわたり信託が続くこともあるため、公正証書を作成することも検討すべきでしょう。信託契約は、経営者自身や家族、信託会社、信託銀行などを受託者として締結されます。

信託のメリット

信託には次のようなメリットがあります。

  • 経営者が認知症になるなどして、亡くなる前から資産の管理が難しくなった場合に備えておくことができる。
  • 後継者を受益者としておくことで、相続のように遺産分割にともなう問題が生じることなく後継者に資産を承継できる
  • 信託の内容を変更されないように設定することで、遺言のように後から遺言書の内容を変更したことで後継者の地位が不安定になる事態を避けられる
  • 相続や生前贈与といった方法と比べて、事業承継に合わせて柔軟な仕組みを作ることができる。

信託の活用の仕方

事業承継において信託の作り方は様々なものが考えられますが、ここでは自己信託の方法を解説します。

自己信託の方法

自己信託では、委託者を経営者、受託者を経営者、受益者を後継者とした信託契約を締結し、通常は公正証書を作成します。この契約では、委託者と受託者が同じ経営者であるため、経営者は引き続き自身の財産を管理・処分することになります。自己信託では、信託の設定時点で受益者である後継者に実質的な財産の帰属があったとされ、贈与税がかかります。つまり、経営者から後継者へと生前贈与をしたのと同じ効果があります。また、経営者が管理する財産から生じた剰余金配当や残余財産の分配は後継者が受けることになります。信託した財産に株式が含まれる場合、議決権は受託者である経営者にあり、後継者にはありません。自己信託の終了事由としては、経営者が死亡したとき、あるいは後継者が十分に経営の能力を身につけたときなどを設定します。終了事由が生じると信託は終了し、後継者が信託した財産が移転しますが、信託の設定時点で贈与税がかかっているため、相続税はかかりません

自己信託のメリット

自己信託には次のようなメリットがあります。

  • 財産を贈与する場合は、贈与を受ける者(受贈者)が受諾の意思表示をすることが必要なのに対して、信託の場合は、通知義務を免除する規定を設けることで、受益者への通知が不要となる。
  • 後継者の経営能力が不十分な場合に、議決権は経営者がもちながら、後継者に株式の利益を与えることができる。これにより後継者の経営に対する意欲を高め、将来の完全な承継に備えることができる。
  • 経営者に相続人が複数いる場合は、それらの相続人を受益者とすることで財産を相続人間で公平に分割することができます。そのうえで、議決権行使の指図権を経営者に設定しておいて後継者にのみ引き継がれるようにすることで議決権は後継者に集約することができます。

自益信託の方法

自己信託のうち受益者も経営者とした信託契約を自益信託といいます。この契約では、委託者の死亡したときに財産を後継者に移転するようにしておくことで、経営者は議決権だけでなく財産上の権利も持ち続けることができます。自益信託の方法による場合は、後継者に実質的な財産の帰属があったとは扱われず、贈与税がかからない代わりに、経営者が死亡したときに相続税がかかります

信託の注意点

信託には次のような注意点があります。

  • 信託をするには、経営者に判断能力があることが必要です。信託を考えている経営者は認知症などに備えて早めに取り組む必要があります。
  • もっぱら受託者の権限行使だけを目的とした信託契約は無効とされるおそれがあります。そのため、何のための信託であるかを明確にして、受託者の権限を必要な範囲に制限することが必要です。
  • 信託を設定した時点では、予想できなかった事態が発生する可能性があります。できる限り不測の事態に備えた仕組みにすることが大切です。
  • 信託はある程度自由に仕組みを作れますが、相続人が複数いる場合は、遺留分を侵害しないように配慮する必要があります。

まとめ

事業譲渡において信託を活用することで、財産の管理・処分について柔軟な仕組みを作ることができます。その分、どこでどのような課税がされるのか、設定した仕組みにどのようなメリット、デメリットがあるのか慎重に検討する必要があります。そこで、信託を検討する際は、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、事業承継における信託の活用の検討や、公正証書を作成するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。