医療法人では近年、事業承継の必要性が高まっていますがそれはなぜでしょうか、また医療法人の事業承継にはどのような方法があるのでしょうか。

医療法人とは

医療法人は、病院や診療所(一般診療所、歯科診療所)の開設を目的として設立される法人です。医療法人には、社団である医療法人(医療法人社団)財団である医療法人(医療法人財団)があり、医療法人全体の99%が医療法人社団となっています。医療法人社団には、持分の定めのある法人持分の定めのない法人がありますが、持分の定めのある法人は、長年の経営で積み上げられた剰余金が多額になり、相続税や持分の払い戻しが高額になるという問題があったことから、平成19年の医療法改正で新たに設立できなくなりました。ただし、経過措置により医療法人社団全体の約7割が持分の定めのある法人となっています。医療法人は、一般的な会社と異なり、医療を担うという公的な役割があることから、設立には都道府県知事の認可が必要とされます。なお、病院には医療法人の他にも個人事業主である病院(個人病院)、公的医療機関(公立病院、公立大学附属病院、赤十字病院など)、例外的に一般的な会社が設立した病院(JRNTT、日本郵政など)といった形態があり、病院・一般診療所では医療法人が、歯科診療所では個人事業主が最多となっています。

なぜ事業承継が必要なのか

医療法人は、地域の医療サービスを提供することから、事業の引き継ぎが円滑に行われることが求められてきました。高齢化が進行して医療サービスへの需要が高まる中で、特に地域の中小規模の医療法人の事業をいかに存続させていくかが課題となっています。しかし、社会の高齢化が進むのと並行して、医療経営者の高齢化も進んでいます、また、少子化の影響や若者が厳しい労働環境を避ける傾向が強まったことから医師のなり手不足が深刻になっています。その結果、廃業となる医療法人が増加しており、病院がなくなる地域も現れています。このような医療法人の後継者不足の問題の他にも、近年は認知症となった高齢者に対する医療サービスの需要の高まりから、医療と介護の複合的なサービスの提供が求められるようになっています。こうした問題や需要に対応するため、他の医療法人や社会福祉法人と連携したり、事業承継を活用して医療法人の大規模化、広域化を進めて経営を改善・改革したりすることが重要となってきました。

どのような方法で事業承継するか

医療法人の事業承継の方法として考えられるのが、①合併による方法、②分割による方法、③事業譲渡による方法です。また、法人の形態を変えずに事業を引き継ぐ方法として、④社員や理事の交代による方法、持分の定めのある法人に特有の方法として、⑤持分の譲渡による方法、⑥持分の払い戻しによる方法があります。

合併による方法

合併とは、2つ以上の会社が1つに結合されることをいいます。合併には、統合先となる会社(新設会社)を新たに設立し、すべての会社(消滅会社)が一切の権利義務を承継させる新設合併、合併後も存続する会社(存続会社)に対して合併後に消滅する会社(消滅会社)が一切の権利義務を承継させる吸収合併があります。合併には、2つ以上の法人が一体となることから、経営が強化されることで事業の安定性や継続性が高まり、医療サービスの質の向上や効率化が進むといったメリットがあります。その一方で合併には、手続きに時間やコストがかかる、合併後の統合をうまく進められないと風土の違いなどが原因となって人材が離職するおそれがあるといったデメリットがあります。

医療法人が合併するとき、吸収合併では2つの会社の一方が持分の定めのない法人である場合は、他方も持分の定めのない法人である必要があり、新設合併では持分の定めのない法人しか新たに設立できません。また、平成26年から医療法人社団と医療法人財団の合併が可能になりましたが、合併後に医療法人財団を選択した場合は、持分の定めのない法人となります。

分割による方法

分割とは、会社(分割会社)をその会社と新たに設立した会社(新設会社)に分割する(新設分割)、または会社(分割会社)を他の会社(承継会社)に承継させる(吸収分割)ことをいいます。平成28年の医療法改正により医療法人においても分割による事業承継が可能となりました。分割には、合併のメリットに加えて、事業に関わる権利義務や許認可などを含め、特定の事業だけを包括的に引き継がせることができる、債務の引き継ぎに債権者の個別の同意が不要である、税制上の優遇を受けられるといったメリットがあります。その一方で分割には、手続きが複雑になる、包括的に事業を引き継ぐため、不要な資産や簿外債務がそのまま引き継がれるといったデメリットがあります。

医療法人の分割は、新たに設立できない持分の定めのある法人、すでに税制上の優遇を受けている社会医療法人や特定医療法人などには認められていません。また、一般的な会社の分割とは異なり、事業と関係のない資産や権利義務のみの分割はできないと考えられます。

事業譲渡による方法

事業譲渡とは、法人が事業の全部または一部を他の法人に譲渡することをいいます。事業譲渡には、合併のメリットに加えて、法人の事業や資産・負債を丸ごと譲渡できることから、円滑に医療サービスの提供を開始できるといったメリットがあります。その一方で事業譲渡には、引き継ぐ資産や負債ごとに個別の承継手続きが必要となるため手続きに時間やコストがかかり、事業規模が大きくなるほど手続きが複雑になるといったデメリットがあります。

医療法人の事業譲渡では、都道府県知事から病床の設置許可を受ける必要があり、必ずしも譲り受けたすべての病床が認められるとは限らない、あらためて保険医療機関の指定を受ける必要があるといった点に注意する必要があります。

社員や理事の交代による方法

社員や理事の交代とは、医療法人社団の社員総会の議決権を有する社員、役員である理事を交代することを指します。医療法人社団では、社員や理事を交代するだけで事業承継を行うことができます。社員や理事の交代は、法人の事業形態を直接変えるものではないため簡易な手続きで行うことができ、時間や費用を抑えることができるといったメリットがあります。

持分の譲渡による方法

持分の定めのある法人では、出資した者に持分(出資持分)があります。ただし、一般的な会社の株式とは異なり、持分は医療法人の社員の地位とは結び付いていません。そのため、持分のみを譲渡しても社員の地位は引き継がれず、事業は承継されません。なお、社員の地位とは別に持分を譲渡できるのかが問題となります。法律には定めがありませんが、実務上は、持分の譲渡は法令や定款に違反しない限り許される、ただし社員の地位と併せて譲渡すべきと考えられています。一般的には、後継者が社員として入社するのに合わせて先代の経営者が持分を後継者に譲渡し、その後、先代の経営者が退社するという方法がとられます。持分の譲渡による方法は、後継者が持分を買い取る資金が必要になるというデメリットがあります。

持分の払い戻しによる方法

持分の払い戻しによる場合は、持分の譲渡とは異なり、先代の経営者はいったん法人から持分の払い戻しを受けます。一般的には、後継者が社員として入社し、先代の経営者の退社に合わせて法人が出資の払い戻しを行い、後継者が出資をするという方法がとられます。持分の払い戻しによる方法は、持分の譲渡と比べて、法人が持分の対価を支払うため、後継者が資金不足でも行えるメリットがあります。その一方で所得税が高額になるというデメリットがあります。

医療法人の事業承継における問題

後継者不足

医療法人では、後継者となることができるのは、原則として医師免許、歯科医師免許をもつ者に限られます。そのため、一般的な会社と比べて後継者の選択肢が狭くなり、親族内承継や従業員承継の方法では、後継者がなかなか見つからない可能性があります。そのため、一般的な会社以上に第三者承継の方法で事業承継することを考える必要があります。

持分の評価額

非営利法人である医療法人は剰余金の配当が禁止されています。持分の定めのある法人では、長年の経営により内部留保が多額になりやすく、持分の評価額が高額になる傾向があります。その結果、持分を生前贈与したり相続したりする際に贈与税や相続税が高額になってしまいます。後継者が持分を買い取ろうとすると多額の資金を用意する必要があり、株式のように配当で利益を得ることができないことから負担が大きくなります。贈与税や相続税の負担を軽減するためには、持分の定めのない法人へ移行することも検討すべきでしょう。

経営権の掌握

株式会社における株主総会とは異なり、医療法人の社員総会では、持分の割合によらず、一人の社員が一個の議決権をもちます。そのため、後継者が経営権を掌握するためには、社員の賛同が必要となります。また、重要な職務執行は理事会で決定しなければなりません。そのため、後継者は理事の賛同も必要となります。そこで、医療法人の事業承継を円滑に進めるためには、後継者を支援してくれる社員と理事を確保しておくことが重要になります。

まとめ

医療法人が、高齢化社会の課題に対応していくためには、安定的かつ継続的に医療サービスを提供できるようにする必要があります。そのためには、事業承継により医療法人の廃業を防ぐことが重要になります。医療法人における事業承継では、一般の会社とは異なる規制や手続きが存在するため、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、医療法人における事業承継を検討するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。