従業員承継の内部昇格ではどのような流れで事業承継を行うのでしょうか。また、後継者をどのように選び、育成すればよいのでしょうか。

内部昇格とは

事業承継の方法として、かつては経営者の子供や兄弟姉妹が事業を引き継ぐ親族内承継が一般的でした。しかし、後継者不足の中で近年、第三者承継とともに増加傾向にあるのが、役員や従業員に事業を引き継ぐ従業員承継の方法です。従業員承継には、①経営権だけを引き継ぐ方法と②経営権に加えて資産を引き継ぐ方法があり、このうち役員や従業員が社内で昇格することで①経営権だけを引き継ぐ方法を内部昇格といいます。

内部昇格の流れ

内部昇格は次のような流れで行われます。

  1. 経営者による事業承継の必要性の認識
  2. 経営状況や経営課題等の把握・整理(経営の見える化)
  3. 経営改善の取り組み
  4. 役員・従業員の中から後継者候補選び
  5. 事業承継計画の作成
  6. 後継者の育成、事業承継に向けた社内の仕組み作り
  7. 親族、金融機関、取引先など関係者への周知、調整
  8. 経営の段階的な引き継ぎ
  9. 先代の経営者の退任

後継者をどのように選ぶか

役員や従業員の中から後継者候補を選ぶ場合、どのような者を候補者とすればよいのでしょうか。後継者候補を選ぶには経営に対する資質や適性を時間をかけて見極める必要があります。役員や従業員は、事業については豊富な経験・知識をもっているかもしれませんが、経営については理解の浅い人も少なくありません。また、社内から後継者を選ぶため社内の人間関係への配慮が求められますし、親族内承継と比べれば役員・従業員から後継者を選ぶことに関係者の理解が必要になります。そのため、後継者と社内外の関係者との人間関係を構築していくことが重要となります。そこで、後継者候補を選ぶ場合は、候補者本人の知識や経験といった要素だけではなく、信頼・実績・人柄・人望といった人間関係の構築に関わる要素も考慮することが大切です。役員や従業員の中には、機会があれば経営者になりたいと考えている人もいれば、経営者にはなりたくないと考えている人もいます。一方的に後継者候補として決めておくと、事業承継の話をしたときに後継者になることを断られてしまうおそれがあります。後継者候補を選ぶ際には、後継者候補になりたいと考えているか、後継者となった場合に経営のみに関わりたいのか、それとも会社の所有者(オーナー)になりたいのか本人の意思を確認し、後継者候補とすることの承諾を得ることが必要です。承継後の経営方針によっては、経営状況や取引関係が変わることがあるため、親族、金融機関、取引先といった社外の関係者は、誰を後継者に選ぶのか大きな関心をもっています。そのため、後継者候補を選ぶ際には、事業承継や後継者候補についてどのように考えているのか、慎重にタイミングを見計らって関係者からも意見を聞くことが大切です。

事業の方向性をどう考えるか

内部昇格では、長年会社の事業を担ってきた人材が後継者となります。そのため、社外の経営者や他の会社に事業を引き継ぐ第三者承継と比べると、安定志向の経営を選びがちであり、事業の抜本的な改革は期待しづらい傾向にあります。しかし、新規事業を任せているような改革志向の人材を後継者としたり、経営者が意識的に後継者候補に改革を促し続けたりすることで、後継者が改革志向の経営を行うことはありえます。その場合、事業の大きな変化によって取引先が変わるなど関係者に影響が生じることになります。そのため、承継後の事業の方向性について関係者の理解を求めることも大切です。

経営者の個人保証をどうするか

会社の借入金について経営者が個人保証をつけている場合があります。近年は、「経営者保証のガイドライン」ができて個人保証を求めない融資も増えてきましたが、まだまだ個人保証を求める金融機関があります。内部昇格では、親族内承継と比べると個人保証を引き継ぐことについて後継者から理解を得ることが難しくなります。役員や従業員は会社の経営状況をよく分かっているだけに、後継者候補となることを打診しても、個人保証を理由に断られる可能性があります。そのため、後継者に個人保証を引き継ぐのか、経営者の下に個人保証を残すのか後継者候補との間で調整するとともに、金融機関との間で個人保証を外してもらうよう交渉することも必要となります。

後継者をどのように育成するか

後継者候補を選んだら、事業承継計画に従って後継者候補の育成と事業承継に向けた社内の仕組み作りを進めていくことになります。事業を引き継ぐには、事業全般についての理解が必要となります。そこで、従業員のように事業の一部については理解しているが、事業全般についての理解が浅い後継者候補には、まず社内の様々な業務を担当させて経験を積ませることが大切です。この際、経営に近い業務も担当させることで経営の知識を学ばせることも考えられます。役員やある程度事業の理解が進んでいる後継者候補には、新規事業など一部の事業を任せることで実際に経営の経験を積ませることが大切です。この際、経営者が後継者候補をそばに置いて直接指導することも考えられます。また、後継者候補に経営に関するセミナーを受講させるなど経営者に求められる知識を学ばせることも検討すべきでしょう。このように、後継者は段階を踏んで育成する必要があり、そのための社内の仕組み作りも必要となります。後継者の育成には、一般的に5年以上の期間が必要とされており、社内の役員や従業員といえども育成には相当の期間がかかります。どのように後継者候補を育成するか、しっかりとしたスケジュールを組んで取り組むことが大切です。

承継後の経営をどのように安定させるか

内部昇格では、後継者は会社の株式を引き継がず、経営者の相続人である親族が株式を引き継ぐことが一般的です。株式は会社の所有者の地位であり、一定の割合の株式を保有している株主は会社の重大な事項を決める権限をもちます。そのため、内部昇格では株式を相続した親族や他の株主が経営に介入してくる可能性が残ります。また、役員や従業員を後継者とする場合、社内に複数の有力な後継者候補がいると候補者どうしで派閥争いが起こり、承継後の経営にまで対立関係が尾を引くおそれがあります。このように内部昇格した後継者は経営のかじ取りが難しくなり、経営が不安定になるおそれがあります。そこで、内部昇格の方法で事業承継する場合は、承継後の経営の安定に十分配慮する必要があります。

承継後の経営を安定させるには、種類株式の議決権制限株式や役員・従業員持株会を活用したり、後継者を支える経営陣を構築したりすることが考えられます。議決権制限株式は、株主総会における議決権の行使が制限された株式です。経営に介入してほしくない株主には議決権制限株式を活用して議決権を制限しておくことを検討すべきでしょう。また、役員・従業員持株会を作ることで安定株主とすることも検討すべきでしょう。後継者候補を育成する際には、他の役員や従業員の中から後継者をサポートできる人材を抜擢して、将来の経営陣を構築していくことが重要です。これらの人材は業務や後継者候補に対する理解があるため、経営のスムーズな引き継ぎが期待できます。また、後継者候補が強いリーダーシップを発揮するようなタイプではない場合は、後継者候補をトップに据えた組織(経営チーム)で経営にあたれるような仕組み作りをすることも考えられます。

経営者はどのように承継後の経営に関わるか

経営者は事業承継後どのように経営に関与していくべきでしょうか。先代の経営者は、承継が終わると同時に退任することも、会長や相談役といったポジションで会社に残り後継者の経営を監督することもできます。事業について理解のある役員・従業員であっても、うまく会社を経営できるとは限らないため、先代の経営者が会社に残り、後継者をしばらく支援できるようにしておくと関係者は安心できます。ただし、先代の経営者が経営に関与する場合は、注意しなければいけないこともあります。事業の改善や改革は、これまでの経営を否定する部分が少なからずあるため、先代の経営者としては後継者の方針に口を出したくなる場面が出てきます。しかし、先代の経営者が強く経営に関与しすぎると、会長派と社長派に社内が派閥化する、変化を期待していた関係者を落胆させるいった結果になりかねません。先代の経営者が会社に残る場合は、先代の経営者として何を変えてほしくないのか、後継者として何を変えたいのかを後継者との間で確認しておくことが大切です。

内部昇格では、経営者の側に株式が残るため、親族が株式を相続すると株式の分散という問題が生じます。経営を退いたからといって株式の問題をそのままにしておくと、先代の経営者が亡くなった後に株式が分散し、経営が不安定となる原因となります。そのような事態を防ぐために、種類株式を活用したり株式を集約したりして、後継者の経営に影響が出ないように対策しておくことも必要です。

まとめ

従業員承継のうち内部昇格の方法には、後継者が株式を買い取る資金や株式の譲渡にともなう贈与税がいらないというメリットがある一方で、承継の準備で十分に配慮しないと経営を不安定にさせかねないというデメリットもあります。経営者が株式を引き渡すことを含めて経営からの完全な引退も考えていたり、経営をより安定させたいと考えている場合は、MBO(役員が株式を買い取る方法)やEBO(従業員が株式を買い取る方法)、第三者承継といった他の方法を検討することも大切です。そのためには、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、適切な事業承継方法を検討したり、株式の相続対策を考えるお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。