第三者承継のM&Aではどのような流れで事業承継を行うのでしょうか。M&Aの各過程ではどのようなことを行うのでしょうか。

M&Aとは

M&A(マージャーズ・アンド・アクイジションズ)とは、合併と買収のことです。合併とは、2つ以上の会社を1つの会社に統合することをいい、買収とは、ある会社が別の会社の株式を買い取り、その支配権を獲得することをいいます。M&Aには、会社全体を売る方法や、事業のみを売る方法など様々な手法(スキーム)があります。M&Aは、かつては後継者の不在や経営状況の悪化からやむなく会社を売る、あるいは会社を乗っ取られるといった悪いイメージがもたれることもありました。しかし近年は、後継者不在の会社が廃業になることを回避し、従業員の雇用や取引先との関係を守る手法としてだけではなく、他の会社の力を借りて経営を改革し、社会的・経済的に価値のある事業を継承、発展させていく手法として肯定的に捉えられるようになってきています。M&Aは大企業だけではなく、中小企業においても増加傾向にあり、親族内承継や従業員承継と併せて検討しておくべきでしょう。

M&Aの流れ

M&Aは次のような流れで行われます。

  1. 経営者による事業承継の必要性の認識
  2. 経営状況や経営課題等の把握・整理(経営の見える化)
  3. 経営改善の取り組み
  4. 譲受候補の選定
  5. 資料(ノンネームシート)の作成、匿名での打診
  6. 譲受候補と秘密保持契約を締結して詳細な資料を提供
  7. 譲受候補との条件交渉、基本合意の締結
  8. デュー・ディリジェンスの実施
  9. 譲受候補との最終条件交渉、最終契約の締結
  10. 契約の履行(クロージング)
  11. 関係者への情報開示(ディスクロージャー)
  12. 経営の統合(PMI:ポスト・マージャー・インテグレーション)
  13. 先代の経営者の退任

M&Aにはどの程度の期間が必要か

M&Aの流れのうち、「譲受候補の選定」以降はM&Aに特有の過程となります。このうち、「譲受候補の選定」までの過程に数か月から数年M&Aの中心的な過程である「資料の作成、匿名での打診」から「関係者への情報開示」に半年から1年半ほど、「経営の統合」以降の過程に半年から1年以上がかかるといわれています。

M&Aはどのように行うのか

譲受候補の選定

事業承継の方法として、M&Aの方法をとることを決定した場合、まずは譲受候補となる会社の選定を行います。ここでは、様々な会社の中から幅広く買い手となりそうな会社のリストを作成します。この中からM&Aを打診することになりますが、競合会社などM&Aを検討していることをすぐには知られたくない会社が含まれている場合は、他の会社よりも後から打診するなど工夫が必要となります。

資料の作成、匿名での打診

譲受候補の選定が完了したら、これらの会社に提供する基本的な資料を作成します。この資料はノンネームシートといい、M&Aを検討していることが外部へ漏れないように、譲渡企業が特定される情報を含まない匿名の資料となります。譲受候補となる会社に対して、この資料を提供する形で匿名でのM&Aの打診を行い、譲受候補となる会社の関心を調査します。

譲受候補と秘密保持契約を締結して詳細な資料を提供

譲受候補の会社の中から買い手となることを検討している会社が現れた場合、その会社と秘密保持契約を締結したうえで詳細な資料を提供します。この過程はネームクリアといい、秘匿していた会社名を開示して、経営に関わる詳細な資料を提供します。ただし、譲受候補が競合会社の場合にはネームクリアを拒否して、交渉に入ることもできます。

譲受候補との条件交渉、基本合意の締結

譲受候補に詳細な資料を提供した後は、買い手側の条件を提示させ、M&A基本的な条件を交渉します。交渉がまとまった場合は基本合意を締結します。譲受候補となる会社が少ない場合は、基本的な条件の交渉にとどまらず、より進んだ交渉を行う場合もあります。譲受候補が複数ある場合、基本合意を締結する会社は2、3社に絞ります。これは、この後のデュー・ディリジェンスの過程の負担が大きく、候補が多数あると対応できないおそれがある、また、1社に絞るデュー・ディリジェンスで問題が見つかった場合に買い手に有利な事情となり、良い条件で最終契約を締結できないおそれがあるためです。

デュー・ディリジェンスの実施

基本合意が締結されると買い手となる会社は、法務や財務など様々な観点から譲渡会社を調査して、会社の価値や法的リスクなどを評価し、M&Aを行う相手として適切か検証します。デュー・ディリジェンスでは、ときに数百件にわたる資料の要求や質問が行われるため、円滑に対応できるように事前の準備が大切になります。

譲受候補との最終条件交渉、最終契約の締結

デュー・ディリジェンスが完了したら、最終的な条件を交渉し、交渉がまとまった場合は最終契約を締結します。最終条件の交渉では、デュー・ディリジェンスの結果を受けて損害賠償条項を交渉しますが、譲渡会社が過大な責任を負わないように交渉することが大切です。

契約の履行

最終契約が締結されたら、株式の譲渡や金銭の支払いなど実際にM&Aを実施する作業が行われます。この過程は、売り手と買い手の会社だけで完結するものではなく、最終契約の内容によっては、取引先の承諾が必要となることもあります。

関係者への情報開示

契約の履行と併せて、役員、従業員、取引先、投資家といった関係者に対してM&Aの情報を開示、公表します。一般的には、最終契約を締結する調印式で情報が開示、公表されます。この段階までは、外部に情報が漏れないよう社内の役員や従業員に対してもM&Aについて知らせることはできませんが、デュー・ディリジェンスに関わる役員や担当者などには準備段階で知らせておく必要があります。

経営の統合

M&Aが実施されても直ちに経営が統合されるわけではありません。実際に会社の経営を統合して効率を向上させていく過程が必要であり、M&Aの中では最も重要な過程と考えられます。この過程では、経営理念や経営戦略などの経営の統合、人事や業務システムなどの業務の統合、企業文化などを擦り合わせることによる信頼関係の構築が行われます。経営の統合がうまく進められないと、業務が混乱する、役員や従業員が大量に退職するなどの問題が生じるおそれがあります。そのため、経営の統合の過程では、売り手と買い手の双方の会社で計画を作成したうえで、これを実行する適切な人材を登用することが必要です。このとき、双方の会社の役員や従業員の理解を深めるため、先代の経営者が顧問などの立場で会社に残ることを求められる場合もあります。

M&Aではどのような手法がとられるのか

M&Aは、合併(新設合併、吸収合併)、分割(新設分割、吸収分割)、買収(株式譲渡、株式引受、株式交換、株式移転、事業譲渡)といった手法を組み合わせて行います。従業員承継におけるMBO(マネジメント・バイアウト:役員による買収)、EBO(エンプロイー・バイアウト:従業員による買収)、MEBO(役員と従業員による買収)などもM&Aの手法に含めて考えることができます。これらは狭い意味のM&Aといいます。これに対して、広い意味では株式持ち合い、合弁事業・共同事業(ジョイント・ベンチャー)などを、さらに広い意味では業務提携(技術提携や販売提携)などをM&Aに含めて考える場合もあります。

M&Aはどのような専門家に相談すべきか

M&Aを手掛ける専門家には、公的機関、民間事業者、法務・財務・税務などの専門家があり、M&Aの過程に応じて異なる専門家が存在します。特にデュー・ディリジェンスの過程では、法務、財務、税務など分野ごとに買い手側の専門家が調査に当たり、売り手側でもこれに対応するための専門家の支援が必要となります。

民間事業者をどのように選ぶか

民間事業者には、仲介会社ファイナンシャル・アドバイザー(FA)があり、売り手と買い手の会社の仲介から契約に至るまでを手掛ける場合が多いです。ただし、次のような点に注意して事業者を選択する必要があります。

仲介会社とファイナンシャル・アドバイザーの違い

仲介会社は、売り手と買い手の間に立ってM&Aを仲介し、契約が成立すると双方から報酬を受け取ります。仲介会社には売り手と買い手双方の事情が分かるため、M&Aのマッチングを成立させやすいというメリットがあります。しかし、仲介会社は売り手または買い手の一方の利益になるようには動けず、利益相反が問題となるデメリットがあります。また、M&Aにおいて買い手の会社は、M&Aに慣れている、交渉の経験が豊富にあるなど構造的に立場が強い傾向にあります。そのため、契約成立を重視する仲介会社は、会社を安く売る方に動機付けられているという問題があります。ファイナンシャル・アドバイザーは、売り手または買い手の一方の側について相手の会社と交渉し、契約が成立すると一方からのみ報酬を受け取ります。ファイナンシャル・アドバイザーは一方の事情しか分からないため、M&Aのマッチングでは仲介会社よりも不利になります。しかし、ファイナンシャル・アドバイザーは利益相反の問題がないため、交渉において買い手側の求める条件を強く主張してもらえるというメリットがあります。

民間事業者には資格や規制がない

M&Aを手掛ける事業者には、許可制や免許制はとられておらず、一般的な法規制も整備されていません。そのため、事業者によっては十分な専門知識をもたない場合や、どのような状況でどのような報酬が発生するという報酬の体系が不明確場合、信頼性の低い手法を使うなどして会社の価値算定を適切に行えない場合があることに注意が必要です。

専門家任せにしない

M&Aにおいて専門家の適切な支援を受けるためには、経営者が自ら情報を提供して、専門家と情報を共有する必要があります。また、デュー・ディリジェンスの過程では、買い手から経営者にしか答えられない質問が投げかけられる場合もあります。そのため、経営者は専門家任せにせず、専門家と協力してM&Aを進めていく意識をもつことが重要となります。

まとめ

第三者承継のうちM&Aの方法には、後継者不在の問題を解決できる、従業員の雇用や取引先との関係を守ることができる、事業を売却することで経営者が売却益を得られるといったメリットがあります。しかし、理想的な買い手がなかなか見つからない、交渉次第では想定していたよりも低い価格でしか売れない、契約内容によって従業員や取引先との関係が悪化するといったデメリットもあります。そのため、M&Aの方法を選ぶ場合は、専門家に相談して適切なアドバイスを受けることが大切です。当事務所では、適切な事業承継方法を検討するお手伝いを行っていますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。